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高松高等裁判所 昭和63年(ネ)347号 判決

控訴人 山口精騰

右訴訟代理人弁護士 一色平格

被控訴人 株式会社 伊豫銀行

右代表者代表取締役 桝田三郎

右訴訟代理人弁護士 米田功

同 武田秀治

同 市川武志

右訴訟復代理人弁護士 宮竹良文

被控訴人補助参加人 株式会社 福岡銀行

右代表者代表取締役 新木文雄

右訴訟代理人弁護士 佐藤安哉

右訴訟復代理人弁護士 藤本邦人

主文

一、原判決を取り消す。

二、被控訴人は控訴人に対し、五〇〇万円及びこれに対する昭和六一年一月二五日から支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

三、控訴人のその余の請求を棄却する。

四、訴訟費用は、第一、二審を通じて七分し、その五を被控訴人の、その二を控訴人の各負担とする。

五、この判決は、主文第二項につき仮に執行することができる。

事実

一、当事者の求めた裁判

1. 控訴人

(一)  原判決を取り消す。

(二)  被控訴人は控訴人に対し、七〇〇万円及びこれに対する昭和六一年一月二五日から支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

(三)  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

2. 被控訴人

(一)  本件控訴を棄却する。

(二)  控訴費用は控訴人の負担とする。

二、控訴人の請求原因

1.(一) 控訴人は昭和五八年八月三一日被控訴人に対し、株式会社福岡銀行二瀬支店(以下「二瀬支店」という。)の白川寅雄(以下「白川」ともいう。福岡県飯塚市相田二五九番地)名義の普通預金口座、口座番号二一〇四一番に五〇〇万円を送金することを委任した(以下「本件送金委任一」という。)。但し、申込用紙には誤って「山口精騰、金子条弘」と記載したが、控訴人が申込人である。

(二) しかし、被控訴人は同年同月同日右金員を二瀬支店の別人である筑豊鉱業株式会社(以下「筑豊鉱業」という。)名義の当座預金、口座番号二三一〇八番に送金し、二瀬支店がその入金をした。

2.(一) 控訴人は同年一〇月三一日被控訴人に対し、白川寅雄名義の預金口座、口座番号二一〇四一番、その預金口座がないときは石炭採掘事業団代表者白川寅雄名義の預金口座、口座番号二一〇四一番に、二〇〇万円を送金することを委任した(以下「本件送金委任二」という。)。

(二) しかし、被控訴人は同年同月同日右金員を別人である全九州鉱害被害者組合組合長白川寅雄名義の当座預金口座、口座番号二一〇四一番に送金し、二瀬支店がその入金をした。

3. 控訴人は被控訴人に対し、再三右各送金が契約違反であるから契約の本旨に従い履行するよう求めたが、被控訴人はこれに応じないので、控訴人は昭和六一年一月二四日被控訴人に対し、右債務不履行を理由に本件送金委任一、二の各契約を解除する旨意思表示をしたので、右各契約は解除された。

4. よって、控訴人は被控訴人に対し、本件送金委任一、二の解除による返還として、合計七〇〇万円及びこれに対する各解除後の昭和六一年一月二五日から支払済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

三、被控訴人の答弁

1.(一) 控訴人の請求原因1(一)の事実中、被控訴人がその主張の日時に控訴人から白川寅雄名義の預金口座に五〇〇万円を振込送金することの委任を受けたことは認めるが、その申込書には口座番号、普通預金か当座預金かの各記載がなかったものである。

(二) 同1(二)の事実中二瀬支店が筑豊鉱業の当座預金、口座番号二三一〇八番に振込入金したことは認めるが、右入金は被控訴人の指示によったものではない。この場合、内国為替取扱規則によると、二瀬支店としては、被控訴人に照会の上、被控訴人からの組戻、送金先の指定補充、変更等の指示に従って処理すべきところ、二瀬支店は被控訴人に何等の連絡をしないで、送金先の白川寅雄に照会し、同人の指示に従い、右の入金をしたものである。従って、被控訴人はそのことについて何等の責任を負うものではない。

2. 同2(一)、(二)の事実中、被控訴人が同年一〇月三一日控訴人から、二瀬支店の白川寅雄名義の預金口座(但し、送金先の指定補充、変更の日時、内容、口座番号の点を除く。)に二〇〇万円を送金することの委任を受けたことは認めるが、その余の事実は争う。被控訴人は控訴人の申込書に口座番号の記載がなかったため、二瀬支店に対し、その記載のない白川寅雄の預金口座に送金しようとしてテレファックスにより通信したところ、送金不能となり翌日二瀬支店から口座番号の照会があり、控訴人から送金先指定の補充を受け、口座番号は二一〇四一番である旨指示した。しかし、それも送金不能となり、同日さらに同様の照会があったので、被控訴人は控訴人から送金先の変更を受けた上、同日二瀬支店に対し、石炭採掘事業団代表者白川寅雄名義の預金口座、口座番号二一〇四一番と指示した。しかし、二瀬支店にはその預金口座もなかったので、二瀬支店としては、前記1(二)の場合と同様に、被控訴人に対し照会の上被控訴人から送金先の指定補充、変更を受けなければならないのに、被控訴人に何等の照会をせず、送金先の白川の指示に従い、その二〇〇万円を鉱害組合名義の当座預金口座、口座番号二一〇四一番に振込送金した。従って、右送金について被控訴人は何等の責任をも負うものではない。

3. 同3の事実は争う。

4. 同4の事実は争う。

5. 被控訴人補助参加人の主張

(一)  控訴人請求原因1(一)につき、被控訴人からのテレファックスでは、送金人はヤマグチキヨユキ、カネコジョウコウの二人である。従って、同3の契約解除の意思表示は右両名から被控訴人に対しすることを要するところ、控訴人だけから被控訴人に対してした本件送金委任一の解除はその効力を生じない。

(二)  本件送金委任一、二の各入金は、いずれも、白川寅雄がこれを受領しており、被控訴人の各契約は結局実質的に送金の目的を達しているから、被控訴人及びその履行補助者である二瀬支店は何等その責任を負うものではない。

四、証拠関係〈省略〉

理由

一、1. 控訴人が被控訴人に対し、(1) 昭和五八年八月三一日二瀬支店の白川寅雄(但し、その申込人名義、口座番号の点を除く。)の預金口座に五〇〇万円の振込送金を委任し(本件送金委任一)、(2) 同年一〇月三一日二瀬支店の白川寅雄(但し、その預金口座名義、口座番号の点は除く。)の預金口座に二〇〇万円の振込送金を委任し(本件送金委任二)、控訴人がそれぞれ即時に被控訴人に対し右各金員を交付したことは当事者間に争いがない。

2. 〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  控訴人は白川及び他の者と共同で石炭採掘事業用地の取得を計画し、売主と交渉中に、その買受代金を準備していることを売主に示す必要から、全九州鉱害被害者組合(鉱害組合。但し、法人ではない。)組合長白川寅雄が二瀬支店と当座預金契約をしている預金口座、口座番号二一〇四一番に控訴人が振込入金することとした。しかし、白川がその預金を自由に処分できる金員ではなく、実質上は控訴人の所有で、控訴人としては、白川の預金と混同しないようにする必要があったが、控訴人はその預金口座名義が何等の肩書のない白川個人の預金口座であると誤解した。

(二)(1)  控訴人は昭和五八年八月三一日被控訴人に対し、当初二瀬支店の受取人白川寅雄名義の預金口座に五〇〇万円の送金を委任する旨の申込をした。しかし、控訴人はその申込用紙の口座番号欄にこれを記載せず、また、控訴人のみが送金の委任をする趣旨であり依頼人欄に控訴人名のみを記載すべきところ誤って「山口精騰、金子条弘」と記載した(右金子自身は出頭せず、また、控訴人が同人のために代理する趣旨ではない。)。

(2) 被控訴人は口座番号の指定がないまま直ちに二瀬支店に対し、テレファックスで送金の通信をした(丙第二号証)ところ、二瀬支店は、右指定の口座名義の預金契約がなかったのに、被控訴人を通じ控訴人にその指定を求めないで、白川に対し、どの口座に入金すればよいか照会し、白川が控訴人との合意の際の前記一2(一)の意思に反し直ちに筑豊鉱業、口座番号二三一〇八番に入金するように指示したので、二瀬支店はその指示に従い右口座に振込入金した。

(3) しかし、控訴人は被控訴人から右(2)の入金につき何等の連絡もなかったため、その申込のとおり送金されたものと考え、同年同月同日送金委任契約書に代わる振込金受領書(甲第一号証の一)に印紙を貼用して、被控訴人からその交付を受けた(本件送金委任一)。

(三)(1)  控訴人は昭和五八年一〇月三一日被控訴人に対し、二瀬支店の白川寅雄名義の預金口座に二〇〇万円の送金委任の申込をしたが、その際も口座番号を記載しなかった。被控訴人は直ちに二瀬支店に対し、その送金のためテレファックスで通信した(丙第三号証の一)が、口座番号の指定がないため送金できず、二瀬支店(その係員は前回と異なる。)は同年一一月一日被控訴人に対しその口座番号を照会し、被控訴人は控訴人に対しその指定を求めたところ、控訴人が口座番号を二一〇四一番と指定し、被控訴人が同年同月同日その旨二瀬支店に連絡した(丙第三号証の二)。しかし、当時二瀬支店にはその指定の預金口座が存在しないとして、二瀬支店が再び被控訴人に対し照会し、被控訴人がさらに控訴人に対し照会し、控訴人は石炭採掘事業団代表者白川寅雄名義の預金口座、口座番号二一〇四一番に変更し、被控訴人が再び二瀬支店に対し、その旨連絡した(丙第三号証の三)。(本件送金委任二)

(2) しかし、二瀬支店は前記石炭採掘事業団との間にも右指定の預金口座がなく、止むなく、白川にその旨述べたところ、白川は二瀬支店に対し、口座番号二一〇四一番の預金口座名義人である鉱害組合は、団体として社会活動をしているが法人ではなく、白川が代表者組合長として行為をしているので、その預金口座に入金するように指示した。そこで、被控訴人は同年同月同日二瀬支店に対し右二〇〇万円を送金し、二瀬支店は同年同月同日これを二瀬支店の別段預金として入金の上、右口座にこれを振替入金した。

以上のとおり認められる。一部右認定に反する原審及び当審における控訴人本人尋問の結果の一部は容易に信用し難く、他に、右認定を左右する証拠はない。

3.(一) 右認定事実によると、白川寅雄は二瀬支店との間に、筑豊鉱業(株式会社)の代表取締役として当座預金口座、口座番号二三一〇八番と、鉱害組合組合長として当座預金口座、口座番号二一〇四一番との各契約をしていたものであるが、控訴人が被控訴人に対し委任した送金先は、本件送金委任一では、二瀬支店の白川寅雄名義の預金口座であり、本件送金委任二では、二瀬支店の一度目は白川寅雄名義の預金口座、二度目は白川寅雄の預金口座、口座番号二一〇四一番、三度目は石炭採掘事業団代表者白川寅雄名義、口座番号二一〇四一番であり、いずれも、白川寅雄と二瀬支店との間には控訴人の右申込文言どおりの名義の預金口座が存在せず、その申込の文言どおりとすると送金先は存在しない。通常このような場合、受任者としては、委任者に対しその旨告げ委任者の意思により送金先の指定の補充ないし変更を受けた上送金手続をすべきであり、それでもなお指定の預金口座が無い場合、送金先記載文言の趣旨、口座番号などから送金先に関する委任者の意思を解釈して特定できる時はこれに従って履行すべきでありまたそれで足り、それでも特定できない時は履行が不能であるとして委任契約を解消し委任者に預かった金員を返還すべきものである。

(二)(1)  被控訴人が、二瀬支店と共同しまたはこれを履行補助者として、本件送金委任一に基づき、五〇〇万円を筑豊鉱業の当座預金(口座番号二三一〇八番)に送金したことは、白川寅雄名義の預金口座に送金依頼する旨の控訴人の意思に反し、これと別人である筑豊鉱業に送金したものであり、委任の趣旨に反するもので、契約の本旨に従った履行であるとはいえない。

(2) 二瀬支店は、白川寅雄に対し照会し同人の指示により、筑豊鉱業の預金口座に振込入金したものであるが、送金委任契約における送金先の指定、変更の権限は委任者にあり、送金を受ける者は委任契約の当事者ではないからその権限を有するものではなく、従って、二瀬支店が白川の右指示に従ったことは何等右説示に影響を及ぼすものではない(なお、控訴人と白川との内部関係からみても、白川はその振り込まれた預金を土地の売主に対し見せ金として示すことは格別、自己のものとして処分する権限は全く無く、白川の関係する預金口座にある預金ではあるが、実質上は控訴人の管理下に置かれるものであるから、白川が控訴人の指定した預金口座以外の口座を指示する権限もなければ、筑豊鉱業の預金口座に振り込まれたからといって、内部関係においてその目的を達したものとみることもできない。)。

(3) 二瀬支店が筑豊鉱業に入金したことについては、控訴人が本件送金委任一の契約の際正確に記載すべき送金先の口座名義を不正確に記載し、口座番号を記載すべきであるのに記載しなかったことにもその責任がないものとはいえないが、主たる責任は被控訴人が前記のように契約の本旨に従い履行しなかったことにあるものといわざるを得ない。

(三)  本件送金委任二についてみると、控訴人の指定した送金先は二度目が白川寅雄名義の預金口座、口座番号二一〇四一番であり、送金ができないとの連絡により石炭採掘事業団代表者白川寅雄名義の預金口座、口座番号二一〇四一番と変更したものであるが、二瀬支店が入金したのは鉱害組合組合長白川寅雄の預金口座、口座番号二一〇四一番である。しかし、鉱害組合は権利能力のない社団であると解され、その預金も白川寅雄個人の行為としてしなければならないから、鉱害組合組合長白川寅雄名義の肩書がついていても、法的には白川寅雄個人の預金口座にすぎず、二瀬支店は結局控訴人が二度目に指定したとおりに振込入金したことになり、その履行は契約の本旨に従った履行である。もっとも、二瀬支店はその法律関係を誤解し、その送金ができないとして控訴人に送金先の変更を求めたこと、二瀬支店の別段預金とした後にそれを振替入金する手続をしたことはいずれも手続を誤っているが、そのことは、その本旨に従い履行したものとみるのを妨げるものではない。被控訴人が本件送金委任二に基づき二〇〇万円を右預金口座に送金したことには何等の不履行もなく、控訴人の本訴請求中、本件送金委任二に関しては、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。

二、弁論の全趣旨によると、控訴人が被控訴人に対し前記認定一2(二)(2)の送金後再三にわたり本件送金委任一の本旨に従った履行を求めたが、被控訴人がこれに応じなかったため、控訴人が昭和六一年一月二四日被控訴人に対し右不履行を理由に本件送金委任一を解除する旨意思表示したことが認められ、これにより右契約が解除されたものである。

三、以上のとおりであるから、被控訴人は控訴人に対し、本件送金委任一の解除に基づく原状回復として、五〇〇万円及びこれに対する解除後の昭和六一年一月二五日から支払済に至るまで商事(被控訴人が銀行業務を営むことは当事者間に争いがない。)法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払義務を負うのでこれを認容し、その余は理由がないので棄却すべきところ、これと異なる原判決は相当ではないのでこれを取り消し、右説示のとおり一部を認容しその余を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、九二条、八九条の、仮執行の宣言につき同法一九六条の規定に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高木積夫 裁判官 孕石孟則 高橋文仲)

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